流星は突然に
――ついにウィルがどこかに頭をぶつけてしまった。らしい。
「……う、ウィッシュ☆」
デスサイズ。これはいつもと同じ。
セリフは若干棒読み。それはいいの。
星柄のスーツ。どこで調達したのかしら。
そして一番意味不明なのが……
「こっちに来ていきなりソレって、一体何?」
「……反応はそれだけですか、グレル・サトクリフ」
ウィルの私物とは思えない指無しの皮手袋。奇妙な形に組まれた両手。親指と人差し指、それから小指を伸ばした両手を胸の前でクロス。正直言って、全く意味が分からない。
「強いて言うなら……頭でも打ったの?ウィル」
ゴッ。
「ちょっと!何すんのよいきなり!!」
「常時頭を打っているような貴方に言われたくありません。……ですが。必要な作業です。何か言うことはないんですか」
デスサイズでアタシの頭をしたたかに殴っておいて、ウィルは何事もなかったかのようにまた先ほどの謎のポーズを取リ直して静止する。あまりの似合わなさに思わず笑ってしまいそうな構図だけど、笑うよりもむしろ心配になった。
「何よ突然現れたと思えばおかしな行動に出て!心配してやってるアタシの親切心が分からないの?!」
「貴方に心配されるほど落ちぶれてはいません」
「じゃあ何だってのヨ!まさか笑ってほしいとか言うんじゃないんデショ?!」
「分かっているなら笑いなさい」
……は?
今、ウィルってば何て言ったの?
笑いなさい?
「……ウィル、アタシね、アンタには確かに今まで散々苦労かけてきたと思うワ。今回の件にしたって、大分上に絞られたんじゃない?」
ああ、小憎らしい同僚でも頭が可哀想なことになったら同情を禁じ得ないものなのね……確か東洋ではこういうのを「ホトケゴコロ」とかいうんだったかしら。
「なるほど、これでは頭が常時花畑のクズ派遣員すら笑わせられないと……笑いの道は厳しいですね……」
眼鏡のブリッジを押し上げるウィルの表情は硬い。
「あの御方に笑って頂くにはまだまだ修行が必要、と」
別段顔色も普通だし、考え事をする時に眼鏡のブリッジを押し上げる癖も変わってない。ということはウィルの皮を被った別人という訳でもなさそうだけれど、明らかに言動がおかしい。意味不明な独り言をブツブツと呟き続けるウィルに、アタシは過去最悪の寒気を感じた。
「ねえウィル、本当に何かあったんならアタシ、相談に乗るわヨ?」
「邪魔をしないで下さい」
ゴッ。
また殴られる。……ちょっと、人がせっかく親切に接してあげようとしてるのに、頭を打っても可愛げのないところだけは変わらないんだから。
「……ともあれ、このネタはまるで役には立ちませんね。他を当たらなくては」
一人で何を納得したのかは分からないが、ウィルは一つ勝手に頷いてその場から姿を消した。後に残されたのはズキズキと痛むアタシの頭のたんこぶ2つ。
「何よ……ウィルのバカ」
ギィィィィ。
うっかり涙ぐみそうになったその時、軋んだ音を立てて足元にある建物のドアが開いた。
「騒がしいねぇ……ウチのお客さんが起きちゃいそうだよ、誰かなぁ?」
ドアから半分だけその身を乗り出して見上げてくる視線の主は、忘れもしないあの失礼な葬儀屋。
「おや、君は、また棺に入る気になったのかい?面白い子だねぇ。でも小生の棺は屋根の上には作らないよ?」
――ムカつく。本当にムカつくけど、ウィルは頭を打った訳ではないようだと確信が持てた。以前ここに情報を求めてきた時に要求された対価は、「極上の笑い」。どうやらウィルは憧れのエリートを笑わせるためにあんな奇行に走ったらしい。それで間違いないと思われた。
「あ、アンタのせいよ。アンタとかかわるとロクなことがないワ!このたんこぶの責任どう取ってくれんのよ?!!」
あんまり腹が立ったものだから、屋根から飛び降りたアタシは速攻で葬儀屋の首を力いっぱい絞めてやった。
「ああ〜、天国の扉が見えそうだよ〜」
「何意味分かんないこと言ってんのよ!そのままウィルに回収されるといいワ!!」
カー。カー。
広い空の上からカラスの声だけが降り注いでいた。
現役時代の葬儀屋の格好よさは異常。