シュガーシュガーヘビィ





 ――ウィリアムがついにおかしくなってしまった。
 珍しく人間界にやって来たウィリアムを目の前にして、グレルはまずそう思った。いつものデスサイズは紐のようなもので背中に吊るされており、その手に持っているのは巨大な、水瓶と言ってもいいサイズの壺とずだ袋。袋の中には何かがぎっしり詰まっているらしく、見るからにひどく重そうだ。
「どうしたのよウィル。また残業?」
「生憎ですが勤務時間外なのでプライベートです。さっさと済ませたいのでつべこべ言わずこの壺に入りなさい。今すぐに」
「ハァ?」
 まったくもって意味が分からない。手にした壺で頭でも打ったのだろうか。
「あまり時間を取られたくはないんです。早く入りなさい」
 表情にいつもと変わったところはない。いつも通りの仏頂面。心なしか少し苛立っているようだが、特に異常な様子は見受けられなかった。だが、その普通さが逆に不気味だ。床に置かれた壺とずだ袋。ウィリアム本人の様子は普通でも状況が明らかに異常である。
「なんでアタシがそんな小汚い壺に入んなきゃなんないのよ」
「入りたくないならそれでも結構。その代わり、今没収している貴方のデスサイズについては廃棄処分報告書を上に提出します」
「ちょ、何よその横暴な話?!わかったわよ、入ればいいんでショ入れば!」
 せっかく苦労してカスタマイズしたデスサイズをスクラップにされてはかなわない。グレルは渋々と壺に片足を突っ込んだ。そのまま壺の中にしゃがみ込む。なぜかひどくみじめな気分になった。
「よろしい。では目を瞑りなさい。従った方が身のためですよ」
「はいはい……」
 この状態のウィリアムに逆らうのは危険。グレルはそう判断した。指示内容はめちゃくちゃだが目が本気だ。この上なく本気だ。逆らえば本当に彼はグレルのデスサイズをスクラップにしてしまうだろう。そして、一つ深呼吸をしてグレルが目をきつく閉じた次の瞬間。
 ザーーーーーー。
 雨霰などという生易しいものではない音とともに、何かが壺の中、すなわちグレルの頭上にぶちまけられた。恐る恐るグレルが薄く目を開けた先にあったのは、大量に降り注ぐ白い砂粒のようなもの。ずだ袋の中身はこれだったらしい。驚きに目を白黒させている間にもそれは降り続き、ついに壺の中でグレルは身動きが取れない状態になってしまった。そればかりではない。髪の中にまで粒々が入り込んでかゆいことこの上ない。
「何よコレぇ?!塩?!」
 手は埋まってしまって使えないので舌を出して舐めてみる。甘かった。
「砂糖ーーーーー?!!」
「……悪行は必ず自らの身に跳ね返ってくるものですよ、グレル・サトクリフ」
 ――貴方、自分が何をしたか覚えていないとは言わせませんよ。
 この状況になんとなく既視感は覚えていたものの、そこまで聞いてやっと分かった。いつだったか自分が塩漬けにした失礼な葬儀屋。彼が噂に名高い伝説の死神だったと知った時には驚いたが……。
「でもアイツ、乙女の寝顔を勝手に見た挙句、初対面のアタシに『イマニ』だの『口元に締まりがない』だの散々に言ってくれちゃったのよ!あれくらい当然の報復だワ」
「黙りなさい」
 ボグシャ。
「へぶぅ?!!」
 まだかなりの砂糖が残っていたらしいずだ袋で頭を思い切り殴られる。それは、十分すぎるほどに、鈍器であった。
「しばらくそうして自分の行いを反省していなさい。塩と違って干乾びはしないでしょうから感謝してもらってもいいところですよ」
 そう言ってずだ袋を担ぎ直したウィリアムはそのままその場を後にする。殴られた衝撃からグレルが正気を取り戻した時には、もう既にウィリアムの姿はそこにはなかった。
「ちょっとォ!どうしろっていうのよこの惨状〜!!」
 わめいてもウィリアムが戻ってくる気配はない。それどころか、口の中に砂糖粒が入り込んで甘ったるい味がするばかりである。
 結局、壺ごと床に転がることで甘ったるい砂糖の海からグレルが這い出したのは、ひとしきり暴れ疲れた後、高かった日が沈む時間帯になってからのことであった。


ウィルは結構沸点の低い男だと思う。