――あの忌々しい封印を受けてからこれまでの間、考える時間はいくらでもあった。なぜ自分は封印されることとなったのか、なぜ彼は自分の存在を認めてくれなかったのか。
自分が完全な存在ではないから。後者の疑問に対し、ネビリムのレプリカたる彼女はそう結論づけた。
足りない音素を補うため本能的に、ちょうど異変を察して近くにやって来た哀れな兵士の音素をその命ごと奪ったことも確かに一因であったかもしれない。だがそもそも、彼が自分を生み出したのは師を失った直後だった。だから彼は、音素が足りずいつ消えるかわからないような不安定な存在だった自分を愛したくてもできなかったのではないかと、そう思った。いくら当時の彼が冷めた目をしていたといえど、予期せぬ喪失は確かに、彼の心を傷つけていた筈なのだ。
そこまで考えが及んだ時には皮肉にも、自分が消える恐れのない確固たる存在となるために他者から足りない音素を手に入れることは既にできなくなっていたけれど。その問題もサフィールの狙い通りに彼が集めてくれた触媒のおかげで氷解した。厚く冷たい岩の封印が開いた時に見えた希望。最後に見たときよりもずっと大きく成長していた彼の姿はまぶしくて、いっそ駆け寄ってその温かさを確認したいくらいだった。
ずっとずっと願ってきたこと。彼と共に生きること。それが叶う時がようやく訪れたと思ったのに。
彼は再び私を拒んだ。
激しい戦闘でふらふらになった自分にとどめを刺すべく放たれた惑星譜術。そこで一旦意識が途絶え、気づいた時には彼はおろか、倒れていたサフィールさえも姿を消した後だった。なんて頑丈な子!
もうひと思いに消えてしまいたかった。完全な存在になってなお彼に拒まれ、これ以上生きてどうするのか。重い絶望は雪よりもつめたい。
あの忌々しい譜陣のかけら。惑星譜術でも奇跡的に消え去らなかった譜陣のおかげで、自分の命は保たれた。初めはそれを恨めしく思ったけれど、そこで生き延びたことはむしろ僥倖だったのだ。死んだと思われている筈の自分を探す者はもはや誰もおらず、私は手に入れた情報をもとに再び考える時間を得ることができたのだ。その思考は目下、成長した彼が今何を望んでいるかということに終始した。それはつまりこういう問い。
――彼は自分に誰の影を見ようとしていたのか。
彼があの時得たかった結果は自分の誕生ではなく師の復活。それ以外の結果はいらなかったのだ。自分が完全な存在であろうとなかろうと、そんなことは彼には関係のないことだったのだろう。
夢を媒介に何度か彼に接触して得た仮説。それを確かめるために、彼が自分に望んでいるだろう姿を少々演じてみせたのだ。結果はほぼ仮説の通り。彼と共に生きられるのならば、嘘の舞台で延々と舞い続ける人形でもよかった。
しかし彼は。それでも彼は自分を拒んだ。彼の側に自分の居場所はないと。どういう経緯があってかは知らないが、彼の心は決まってしまったのだろう。しばらく前から、夢を通じて彼に会うこともできなくなっている。
きっともうじき彼は来る。自分の息の根を止めるために。その時もう一度だけ彼に問いたい。
『私は、あなたと生きてはならないの?』
拒絶されたなら、おそらくそれが自分の最期。そうなれば自分はもう消えるしかない。
ならば、自分が確かに生きていた証として、最後に何か彼の中に残せるものは?
――そう、答えは最初からそこにあったのね。
思い出されるいつかの彼の泣き顔。
彼女は岩に腰掛けて、彼の訪れを待つ。