契約プレイ〜あなたに縛られて〜
…………ピチャン。
一日の仕事を終えたセバスチャンが手を洗ってひねり閉じた水道のコックから、水が一滴、ゆっくりと垂れ落ちた。
「……今日も色々ありましたねえ……」
いつものごとく破壊された邸のあちこちを修繕し、季節的に存在しないフルーツをおやつに要求した主人をなんとかなだめ……もう慣れてきた毎日ではあるが、手を変え品を変えて襲ってくる瑣末な問題は確実にセバスチャンの気力を削っていく。
(ああ、それだけではなかった)
ふと思い出すのは今朝の出来事。主を起こし、その洗顔を促した時のこと。
「ぬるい。これは本当に今汲んできた水か?」
バシャバシャと顔を洗ったシエルが、怪訝そうにセバスチャンの顔を見上げて問うた。
「ええ、もちろん。汲みたてのものをお持ちしましたが……最近気温が上がっておりますので、水温も少し上がっているのかもしれません」
「そうか。タオルを」
「こちらに」
シエルにタオルを手渡すものの、肝心のシエル本人はタオルを受け取ったまま動かない。鏡を覗きこむ小さな顔の輪郭を辿って、水滴が垂れ落ちるのをセバスチャンはとっさに右手で受け止めた。
「どうかなさいましたか、坊ちゃん」
「……契約印が……」
シエルは鏡を、鏡に映った己の右目を凝視したまま動かない。セバスチャンの呼びかけにも、声だけが返ってくるありさまだ。
「契約印?」
「ああ。なんだか濃くなったような気がするが……気のせいか?」
言いながらシエルは大きな瞳を検分するかのように己の下瞼に指で触れる。そのまま指が眼球に触れそうになって、セバスチャンは主の手を取り、その動きを制した。
「いけません坊ちゃん、素手で触れては雑菌が入ります」
「ふん。どうせ死にはしない」
「坊ちゃん」
確かに悪魔である自分が主との契約に縛られている以上、主がその目的を達するまではどんなものからも主を守るのが現在のセバスチャンの最優先事項だ。しかし、だからといってこの幼い主人は、あまりにも自分をぞんざいに扱いすぎる。
「……僕はお前に所有されているも同然の獲物だろう。この程度でうろたえるな」
「坊ちゃん……」
常よりもやや乱暴にタオルで顔を拭うと、シエルはにやりと笑ってセバスチャンに使い終えたタオルを差し出した。
「さあ、ぼやぼやしてないで着替えを手伝え。どうせ今日も過密スケジュールなんだろう?」
「イエス、マイロード」
セバスチャンは何も言い返せないまま、主の日常へと足を踏み出すのだった。
「まったく、所有されているのは私の方ですよ。今は、ね」
真夜中の自室で一人小さく肩をすくめたセバスチャンはゆっくりと頭を垂れ、夜闇の中でもくっきりと浮かび上がって見える左手の契約印に口付けた。
「おやすみなさい、マイロード」
初セバシエ。