垣間見ロマンセ




 メイドが2人、セバスチャンの眼前に立っていた。邸から支給された揃いの衣服に揃えたかのような丸眼鏡。色合いと長さこそ異なるものの同じ赤毛。片方は緊張した様子で、もう一方は嬉しそうな表情を隠しもせずに、立っていた。セバスチャンは思わず頭痛を覚える。
「……これは一体どういうことですか、メイリン」
 緊張した面持ちのメイリンの隣に立っているのは邸のメイド服に身を包んだ赤い死神。人間界から帰った筈の彼がどうしてこの邸にいるのか、なぜ当然のようにメイド服を着て立っているのか。聞きたい点は沢山あるが、この場合もっとも重要な問いは、誰が彼に邸のメイド服を与えたのかということだ。どうせグレルに聞いてもまともな答えが返ってくるとは思えずメイリンに水を向けてやれば、メイリンはあからさまにびくっと身を震わせた。
「それは……」
 口ごもるメイリンの表情は硬い。緊張しているのだろうか。
「それは?」
「それは、言えないですだ」
 ぴきりとその場の空気が凍った。
「言えない?どうしてです?」
「それは乙女の秘密ですだ」
 メイリンの目が悪いというのは以前から本人が主張しているところであったし、視力以前の問題があるのではないかとセバスチャンが疑っていたのは事実だが、その疑いはここで確信に変わった。隣の死神ならばいざ知らず、彼女が「乙女の秘密」などという単語を持ち出すとは。
「そうヨ、彼女はアタシのことを理解してくれたのよ、セバスちゃん」
「貴方は黙っていて下さい」
 自分はどこで使用人の教育を間違ったのだろうか。セバスチャンは考えるが、心当たりがあり過ぎて原因を特定できない。そもそもこの邸で使用人教育が成立するかどうかも疑問である。しかしメイリンがこのようなことを言い出すのは正直言って予想外。キッとセバスチャンの視線を真正面から受け止める様子からすると、グレルに言わされている訳でもなさそうだが……。
「セバスチャンさんはグレルさんのことを誤解してますですだ」
 また謎発言が飛び出す。ああ、夢なら醒めてくれと人間が願うのはこんな時なのかもしれないとセバスチャンは思う。
「もちろんワタシも最初は誤解してたですが、本当のグレルさんのことを知ればセバスチャンさんもきっと納得がいくと思うですだ」
 本当に意味が分からない。グレルの真の姿を知っているのはあくまで自分の方であって、メイリンは彼がヒトでないことすらも知らない筈。
「もう!これ以上はワタシが口を挟むべきことではないですだ!お2人でしっかり話し合ってほしいですだよ」
 そう言ってメイリンは駆け出して行ってしまう。その姿が見えなくなる前にドタッと派手に転んだ音が聞こえたが、何も手には持っていなかったので特に被害はなかったようだ。
「……一体彼女に何を吹き込んだんですか?」
「やぁね、アタシのことを疑うんデスか、セバスチャンさん?」
「気色悪い言葉遣いはやめて下さい」
「アタシはただ、セバスチャンさんへの想いを素直にメイリンさんに相談しただけヨ、デス」
 嘘だ。嘘に決まっている。グレルは確実に何か真実を歪めて語っている。だがその真実は一体何だ。
「好きなんデス、セバスチャンさん。アタシの想いに応えて頂戴、ね?」
「お断りします。それからその言葉遣いはなんとかならないんですか」
 メイリンの訛りがうつった訳でもなさそうなのに、グレルの言葉遣いがおかしい。メイドでも気取っているのか。それにメイリンの態度もあまりにも意味不明だった。一体メイリンとグレルの間でどんな遣り取りがあったというのだろう。
「大好きよ、セバスちゃん」
 硬直してしまったセバスチャンは不覚なことに、メイド姿のグレルが仕掛けた口づけを回避しそこなってしまったのであった。


「そう、そこからたたみかけるですだ!」
 大急ぎでセバスチャンとグレルのもとから立ち去ったメイリンは物陰に隠れ、じっと2人のやり取りを見守って、もとい、覗き見していた。
「グレルさんが実は恋する乙女だったなんて……男装の麗人と執事のいけない職場恋愛!セバスチャンさんの色気はやっぱり魔性のようですだ…!!」
 本人たちに気づかれないように身を隠したまま、メイリンは恋のライバルに塩を送った自分をひっそりと褒めてやるのだった。


 メイリンは赤グレルについて「見習い執事のグレルは実は女性で、セバスチャンにかなわぬ恋をしている」と誤解していたら面白いかなと思って書いてみましたが……撃沈。