めぐことについて




 マーガレット・ターナー。美と愛を享受して輝く若い女たちを羨み、恨み、それが自らの魂をも焼き尽くすことになっても構わないからと言って嫉妬の具現たる炎を求めた哀れで愚かな女。かつての美貌を取り戻し佳い男に愛されるのだと息巻いていた彼女はしかし、炎を授けた美しい悪魔に愛されたいとは願わなかった。おそらく彼女が本当に愛してほしかったのは世界中のどんな色男でもなく、ただ1人、彼女の夫だけだったのだろう。だが日々の暮らしに追われる寡黙な写真家が甘い言葉を彼女に囁くことはなく、長年連れ添った気安さで彼が口にした一言が、彼女に発火装置の引き金を引かせるきっかけとなってしまった。
 つくづく愚かな女だ。そのまるまると太った体を彼女自身は容貌の衰えの一環としてしか捉えていなかったようだが、ならば痩身の夫が日々の糧を得るのに汲々としていたのは一体誰にひもじい思いをさせないためだったのか。ターナー夫妻に養うべき子供はいなかった。
 自分は彼女の生い立ちになど興味はなかったので彼女について知っていることはごく限られているが、おそらくあの女が辛いばかりだったと話した生活の中には朴訥な男が精一杯表現した愛情の証左が他にいくらでも含まれていたことだろう。だが嫉妬に目のくらんだ女は求めるものが既に己が手の内にあることには終に気付かず、あれだけ欲していた愛を夫の肉体や魂もろとも灰にしてしまったのだ。
 ヒトというのはなんと哀れな生き物だろう。短命な彼らはどれだけ世代を重ねてもなお見目良い虚飾に騙されて掌中の珠を投げ捨ててしまう。まあ、彼らが愚かなままでいるからこそ我々も食料に困らないのではあるが。
 とりわけヒトが信奉する愛なる代物ほどヒトにとって罪深いものもあるまい。感情の揺らぎはただでさえ愚かなヒトの判断能力をさらに鈍らせてしまうだけだというのに、何故彼らはそれを追い求めてやまないのか。ヒトもまた生き物なのだから生物としての本能に従えば少しはマシな判断ができるだろうに。我々がヒト以外の生物を捕食しないことを経験則として知っていながらこのことに気付かない人の思考というのは本当に不可解だ。
 そんな愚かな女でも、いま懐にある指輪の中で眠る魂よりはまだ賢かったかもしれない。愛されたがりなのは同じでも、よりによって悪魔にそれを求めるとは。まったくもって馬鹿馬鹿しい。自分が与えるまがいものの愛を表向き拒絶しながらもまるで喜びを隠せていない様子は、それを見る者がヒトであれば皆とは言わずともかなりの人間に愛おしいと思う気持ちを起こさせただろうに。
 愛に飢え、愛されたいと叫びながら、得られるかもしれなかった愛への道を自ら破壊してしまう。本当に人というのは愚かで哀れな生き物だ。

 

 ――金色の目をした悪魔は上着の上から懐の指輪をころころと弄んで笑う。壊すだけ壊した魂を食べることなく手駒に加えた自身の行動が悪魔としての本能に従った行動といえるかどうか、疑念を持つこともなく。
 黒い上着の中で指輪に嵌った赤い宝石が何かの警告灯のように赤い光を浮かべたが、その弱弱しい輝きが次なる目的地を目指して進む悪魔の意識に留まることはついになかった。


メグ:マーガレットの愛称の1つ。