戯れ言、ひとつ




 真っ赤な髪の同僚に唇を食まれる。粘ついた音が耳につく不快感は拭えないが、無碍に振り払うのはやめておいた。振り払っても後が面倒になるだけだということは目に見えている。適当なところで切り上げてさっさと立ち去るのが最も得策だろう。
 だが、いい加減には離してもらえないだろうか。しつこい、と非難の意を込めて目を開けると、甘えたがりの猫のように光る目と目が合った。
「息苦しいの?って、アンタに限ってそれはないわよね、ウィル」
「確かにそんな訳はありませんがそもそも不快です。さっさと離しなさい」
「エ?それ、ひょっとしてアタシがヘタって言いたいワケ?」
「そういう問題ではありません」
 落胆している様子は嘘とも本音ともつかないが、唇が離れた隙を逃さず目に痛い真紅の髪ごと同僚の肩を押しやる。こんな不毛なやり取りもこれで一体何度目だろう。回数など数える気にもなれないが、ただ同期であるというだけで付き合わされている、という現状はあまりにも不条理だとウィリアムは思う。同期の死神ならば他にいくらもいるだろうに。
 ただでさえ山脈が築けそうなほどの仕事量に忙殺されているのだ。しかも、目の前の同僚に謹慎処分が下された今、宙に浮いてしまった仕事が自分に押し付けられるだろう事は容易に想像がつくことだった。
「『プラトニックで一途な恋』をしているのではなかったんですか、グレル・サトクリフ」
「よく覚えてたわねウィル。そう、今のアタシは障害多き恋に身を焦がしてる真っ最中なの」
 だけど、と同僚は楽しげに言葉を続ける。
「だけど恋と親愛の情とはまた別物ヨ。アンタにあげるのは親愛の印。素直に有難く受け取ってよね」
 少しでも迷惑をかけている自覚があるのならそっとしておいてほしい。ウィリアムは眉間に皺が寄るのを自覚していたが、揉み解す気にもなれないまま、目の前にあるよく手入れの行き届いた唇を眺めた。
「ンフッ、もう1回してほしい?」
「いりません。そんな元気があるならさっさと保留になっている報告書を出しなさい。いつまで人を待たせれば気が済むんですか」
「こうしてせっかく2人でいる時まで仕事の話はノン、よ」
 そう言って、不真面目で気紛れな同僚は今度はウィリアムの頬に、キスをした。


痴話喧嘩でもしながらいちゃつけばいい。