*ED後捏造です。ルークが帰ってこないこと前提ですのでご注意下さい。
戦後数ヶ月が経った今、エルドラントに初めてマルクト国軍による調査が入る。遺跡のごとく崩壊したその建造物はしかし、輝くばかりの真白さでそこにあった。
今回の調査の主な目的はエルドラント内部を徘徊するモンスターの実態把握。調査という名目ではあるが、モンスターの危険性が高ければその排除も行う予定である。
しかし、調査隊を率いて奥へと向かうジェイドにはもう1つの任が課せられていた。
『最深部へ行ってこい。あの後どうなったのか、自分の目で確かめろ』
それは、勅命。皇帝直々の命令でさえなければ最深部などに行くつもりはさらさらなかった。いくら崩壊したとはいえエルドラントは広い。最深部周辺をうろついているモンスターが外へ彷徨い出て国民に被害を与える可能性はほぼないといってもいい。兵の命を危険にさらすだけナンセンスだ。
実際は何が潜んでいるか分からない以上、ここで全て調査しておくことは二度手間を防ぐためにも必要なことだ。そんなことは分かっている。それでも。
いっそ途中で道が塞がれ、進入不能になっていればいいとジェイドは思った。
白い建物はあちこち崩れてはいるが、最深部への到達は可能なようだった。舌打ちしたい気分に襲われながらジェイドは周辺の哨戒を命じる。号令と共に兵士達が散開するのを見届けてから、彼は1人あの場所へと向かった。
最深部。全く崩れることなく不自然なほどきれいに残っていた床面には、譜陣の跡とローレライの鍵。
美しい譜陣だった。ジェイドがこれまで目にしたどれよりもずっと。
だが、それだけだった。
世界中の音譜術士を感動させるであろう譜陣を目の当たりにしても、ジェイドの心には何も響かない。
この場所に数ヶ月前ルークがいたことを示す痕跡はそれだけしかなかったのだ。荷物を自分達に渡し、日記帳をミュウに託してここに残ったルークは、ローレライの鍵と譜陣以外には何も残さず融け消えたのか。
――否。ジェイドは自身には操れぬ音素の存在をかすかに感じ取る。この場所に元々あった第七音素はローレライと共にすべて音譜帯に上った。その後ここで第七音素が発生したということは、その発生源は一つ。
ルークの身体から乖離した、音素。
だがそれが何になる。持ち物が残っていれば遺品として持ち帰ることができる。だが地に浮かび上がった譜陣を削り取って帰ったとしてそれに何の意味がある。これから減少していくとはいえまだ世界のどこにでも存在する第七音素を回収したとして、譜術院へ提供する他に用途はあるのか?
勅命に対する報告は、決まった。
「ルークの痕跡はどこにも残っていませんでした。先程申し上げた譜陣を精査したとしても、彼の存在した痕跡を見つけることはできないでしょう」
何食わぬ顔で報告する。そうか、と皇帝は残念そうな一言の後、常と変わらぬ笑顔の軍人に数日の休暇を与えるよう侍従に命じた。背後の風景に半ば同化するように立っていた侍従はごく短いいらえの他に何の音も立てず、必要な指示を下すために部屋を出た。
「おや、陛下にしては気が利きますね。年なので遠出は結構こたえるんですよ」
いつものように軽口を叩いてみせる自分の鼓動が早鐘を打っているなどと誰が思うだろう。目の前の玉座に座す皇帝はもちろん常と違う何かに気付いているだろうが、その「何か」の正体についてはわかっていない。いや、むしろ誤解しているだろう。その内容がルークがいないという証拠を得てしまったことで去来した寂しさか、他の何かかは知らないが。
いかなる誤解のもとであっても、休暇が与えられたのは好都合だった。帰還してからずっと自分を苛む痛みへの対処を考える時間に充てられる。自分には制御できないとわかっていて取り込んだ音素は今も出口を求めて身体中の音素の流れをかき乱している。
――あの譜陣の前に立った時、ディストが喋っていたことを思い出したのだ。
「モースは自分のキャパシティを理解しないまま飛び出していきましたがね、私の説明をきちんと最後まで聞いていれば結果は違っていた筈ですよ。私の理論は完璧だったんですからね!」
かつて大詠師モースが行った音素注入の技術を教えたのはディストの他ありえない。そう考えて取調べを行えば案の定、ディストは自慢げにペラペラと研究成果の全てをジェイドの前にぶちまけた。
「……原理自体は譜術にも応用可能、か。まったく、無駄なところだけ完全な技術を考えるのでは右に出る者はいないですね」
もはやエルドラントに第七音素は微塵も残されていない。あの譜陣の周りに漂っていたものは、今は全て。
「聞いていますかローレライ?つまらない感傷なのはわかっていますよ。ええ」
たとえこの身には毒にしかならなくても、彼を感じていたかった。
End
レプリカを偲ぶのは、切ない。
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