永遠を知った





『なあジェイド』
 机に向かって本を読むジェイドを俺はじっと見つめている。来客用のソファに後ろ向きに膝を掛け、背もたれに顎を乗せたまま視線を送る。彼は気付くだろうか。――当然、気付いてるんだろうな。
 だがジェイドは一向にこちらを振り返ろうとはせず、本に意識を傾けたままだ。絶対気付いている筈なのに、
『ジェイドってば』
 声には出さないまま目に意識を集中させる。だって声をかけたらジェイドは振り向かざるを得なくなる。いや、振り向かないとしても生返事くらいは返ってくるだろう。だけどそれじゃ、イヤだ。
『さっきのことなら気にして…ないわけじゃないけど、あれはふか…そう、不可抗力?だし』
 死んでくださいと、言われた。大好きな人に。
 だけどあれは仕方なかったんだ。俺が行かなきゃ、俺がレプリカの皆と瘴気を消さなきゃいけないんだから。俺は被験者じゃなくてレプリカで、能力も劣化してるんだから。ジェイドが好きで言ったんじゃないってことも、わかってる。
「…ルーク、言いたいことがあるならはっきり言ってください。もの言いたげな顔でじろじろ見られるのは不快です」
 最初に返ってきたのは不機嫌そうな声。いや、苛ついていると言った方がいいかもしれない。俺は思わずソファの背もたれから頭を引っ込めてしまった。
「ルーク」
 ジェイドが俺の名前を呼ぶ。かなり強い口調だ。この声で呼ばれるといつも逆らえなくなってしまうんだけどどうしてだろう。別に威嚇するような大きな声を出している訳じゃないのに。
「ジェイド俺のこと避けてんだろ」
 頭を出して今度は言葉を投げつける。ちょっとばかり口が尖っている自覚もあった。
「ダアトを出てからずっと、まともに目も合わせてくれない」
 宿が同室になったのは故意か偶然か。風呂から上がった時も、食事に行く時も最低限の言葉のやりとりだけで、ちっとも視線を合わせてくれなかった。
「…………」
「…………」
 無言。暫しの視線が絡み合い、押し負けたジェイドがあきれたように口を開いた。
「いいですかルーク?私はあなたに死を宣告しました。この世界からいなくなれと言ったんです。その私にあなたはいつも通りに振る舞えというのですか?」
「俺は気にしてないよ。仕方なかっただろ」
「嘘おっしゃい。今にも泣きそうな顔をしているのに、自覚がないんですか?」
「泣きそうな顔なんてしてねぇよ!」
 そうだよ。別に泣きたくなんかないのに。そんなこと言われたら本当に泣きそうになるじゃんか。そう、それに。
「俺は今自分が不幸だなんて思ってない」
 そう言うとジェイドは眉を顰めた。また卑屈なことを、とか思ってるんだろうな。
「それはあなたよりも惨めな目に遭った人と比較して言っているんですか?」
 やっぱり。まあ、仕方ないよな。ジェイドは他の誰より後ろ向きな俺を見てきたんだから。悪夢にうなされる度に起こしてくれたのも、人を斬った感触に震える手ごと抱きしめてくれたのも、彼だったから。
 だけど俺、本気で言ってるんだ。
「違うよ。俺、幸せなんだ」
 どうやって言えば伝わるんだろう。勢いに任せてソファから立ち上がってはみたけれど、気持ちだけが先走って肝心の言葉が浮かばない。ああもっと言葉の勉強まじめにやっとけばよかった!
「…俺さ、色々あったけど、世界のために消えなきゃならないけど、それでも皆がいてくれただろ。そりゃあ死ぬ、のは怖いけど」
 死ぬ。それがこんなに重い言葉だったなんて知らなかった。だけど俺には俺のことを覚えていてくれる人がいる。
「それでも俺、幸せなん「やめなさい!」
 珍しくジェイドが声を荒らげ、ガタンと椅子を蹴る音がしたかと思った次の瞬間、俺はジェイドに抱きすくめられていた。息もできないほど強く圧迫され、声なんかもちろん途切れてしまう。
「…っジェイド苦しい…」
「痛いですか?息をするのも辛いでしょう。勝手な事を言うその口を閉じればすぐに離してあげますよ」
「っけど…!」
 ジェイドは永遠なんてないって言った。だけどこれだけは言わないと…!
「俺っ、ずっとジェイドと一緒にいたいよ。今がずっと続いてくれればって何度も思った。けど俺わかったんだ」
 体がみしみしと悲鳴を上げている。でも俺は口を閉ざすわけにはいかなかった。
「今が永遠に続けばいいのに、そう思う時が永遠だったんだ」
 永遠はあったんだよ、ジェイド。ジェイドのおかげでそれがわかった。


 急に体に加わっていた力が抜けた。急に肺に新鮮な空気が流れ込んできて俺は思わず咳き込んだ。やべ、別の意味で泣きそう。
「あなたは…」
 ジェイドの声が聞こえる。何だろう。涙が滲む目でジェイドを見上げた。
「あなたは本当に馬鹿です。ええ、馬鹿以外の何者でもない」
 咳き込みすぎてまだ胸が苦しい。涙で滲んだ目ではジェイドがどんな顔をしているかは窺い知れなかった。だけどきっとあきれてるんだろうな。
「死ぬだなんて言葉は子供が使っていいものではありません。もっと勉強してから出直しなさい」
 出直すような時間なんてないのに、大佐様、意地悪すぎ。
 なのにまだ咳き込んでいる背中を撫でてくれるあたり、これも永遠なのかもしれない。


 はるかさんちの萌茶で書かせて頂きましたパート2。
 お題は 24番目のネジ 様より「そうだ、君の思考をここに曝せよ」をお借りしました。