赤いエナメルと炎




 手元に伸びた細く華奢な鎖を引けば、セバスチャンの嫌そうにそらされた顔がその首に掛けられた首輪に引かれて鎖を手にしたグレルのそれに近づく。室内に一つだけ灯されたロウソクの光を受けて、赤い首輪はエナメル特有のねばついた照り返しをグレルの目に投げかけた。
「フフ、相変わらずイイ男。その取り澄ました黒い服、一度剥いでみたかったのヨね」
 セバスチャンがいま身につけているのは細い鎖に繋がれた首輪と、靴下のみ。その体が石造りの床の上でぎゅっと縮こまっているのは地下に流れる空気が冷たいのか羞恥心によるものか、或いは屈辱によるものかは知らないが、グレルにとってそんなことは正直どうでもいいことだった。
「今日一日セバスちゃんをアタシの自由にできるなんて。何でも言ってみるもんね。そう思わない?」
「その結果がこれですか。反吐が出ますね」
「主の命令なら悪趣味な死神にも喜んでその身を差し出す悪魔の美学とやらも大概だと思うケド」
 クイ、とグレルは指先で鎖を弄ぶ。くるりと指に巻きつけて強く引けば、引っ張られて苦しいのだろう、屈辱的な姿をさらしてもなお平静かつ一定であったセバスチャンの呼吸のリズムが一瞬乱れるのを感じ、グレルは鋭くとがった歯を見せてにたりと笑う。
「ねえセバスちゃん。あのガキんちょに契約で縛られるのと、アタシにこうして縛られるのでは悪魔の気分はどう違うものなの?」
「………………」
 いらえはない。ただ時間が過ぎるのを待とうというつもりだろうか。
「つれないのも相変わらずなのねェ。それとも、答えたくなるようにしてほしいの?」
 鎖を絡めていない方の手で赤い死神が取り出したのは手のひらに収まりそうなほどの小さな鋏。だが、この鋏がただの鉄の塊でないことは、セバスチャンも既に知っていることだった。
「……デスサイズなど取り出してどうするつもりですか」
「だってセバスちゃんったら今朝からずっとつれない返事しかくれないんだもの。無愛想なのはウチの同僚どもだけで十分ヨ」
「私の何を切り落とせば満足しますか?髪ですか?指ですか?それとも……」
 セバスチャンの双眸が凶悪な光をあらわにする。しかしグレルに怯む気配はかけらもなかった。
「ノンノン。そんなつまんないことしないわよ。アタシはただセバスちゃんとゆっくり愛を語らい合いたいだけだもの」
 言いながらグレルは左の指に絡め取っている鎖を引き、鋏の刃をセバスチャンの首筋にぴたりと押し付けた。
「動いちゃダメよ、セバスちゃん。アタシの目的は、コッチなんだから」
 鋏の刃を首輪と首の間に押し込み、首輪そのものに刃を当てる。切れてしまわないよう力を加減していても、わずかに刃がエナメルに食い込むのは自明。
「こんなヤワな首輪を大人しく嵌められてるのも、こんなチャチな鎖を引き千切ろうとしないのも、全部セバスちゃんの言う『美学』のためなんデショ?じゃあ、この首輪をアタシが切ったら、その美学はどうなるのかしら」
「別にどうもなりませんよ。この首輪をどうしようと貴方が勝手にすることですから。私はただ主の命じるまま、今日一日はすべてあなたの好きにさせる。それだけのことです」
「……かわいくないわネ。もっと凶暴になってみなさいよ。そうしてこんな首輪も鎖もめちゃめちゃにしてしまえばいいんだワ」
「貴方の目的はそれですか」
 主の命を破り、悪魔の美学にもとる行動をさせること。己の美学を貫くことによって存在する悪魔にとって、それは自殺行為にも等しいことだ。
「アラ、そんなこと誰も言ってないわ。どうとるかはセバスちゃんの自由」
 ――アタシ、寛大なご主人様でしょう?
 グレルが笑むたびに揺れる炎が彼の歯を濡れたように光らせる。
「さあ、この後は何をしてもらおうかしら。ねえ、何をさせてほしい?」
 一日は、まだまだ長い。



くびき;主に命じられた服従