すれ違う赤





  ――けんもほろろにふられることが失恋なんじゃないワ。
 あちこちに破れ目が目立つ真紅のコートを眺めながら、謹慎中の赤い死神はまた1つ溜息を零した。
 このコートを鮮やかに着こなしていた恋人。いや、恋人だと思っていたのはおそらく自分だけだろう。彼女にとって自分は興味と同情、それから僅かな憐憫の情で繋がっていただけの便利な協力者でしかなかっただろうし、自分にとっての彼女はそれこそ一時の好奇心の対象であると、そのように彼女は認識していたに違いないであろうから。
 けれと今思うに、この思いは紛れもなく恋だったのだ。大きな悲しみと怒りの炎をその目に燃やして女の体を切り刻み、返り血に赤く紅く彩られた彼女に魅せられてついうっかり声をかけてしまったあの夜から、自分はずっと恋をしていた。赤の名を冠する貴婦人に。
 たとえ彼女の愛が自分に向けられることがなかったとしても、もう彼女は誰も愛せない。それを唯一の慰めにしていたのに。
 何も知らないくせにしゃしゃり出てきたあの子供。彼女があの子供を殺せなかったあの瞬間に、自分は恋を失った。もう誰も愛せる相手などいなかった筈の彼女が情に流されたその瞬間に自分がどれほどショックを受けたか、彼女はきっと知らぬまま逝ったに違いない。
 ――アタシ以外の存在に、マダムが愛を向けるなんて。
 失くした恋を追いかけることはできない。だから殺した。
 ずっと、ずっと以前から知りたいと思う謎があった。人間の記憶を再生していると時々出てくる「愛」という代物。ドラマティックとは程遠い人生を歩んできた者までもが時折大切そうに抱きしめているやわらかな温かい記憶。今度こそ自分の恋は実って愛の秘密に至れると思っていたのに。同じ絶望を知る彼女となら愛の謎に迫れると思っていたのに。またしても自分の恋は実らないまま失われ、裏切った恋人には自分の手で引導を渡してピリオドを打った。
 ――でもね、マダム。アタシ、本当に貴女のことが好きだったのヨ?


グレルは本当にマダムをすごく好きだったんだと思う。
ただ、おそらく彼は人間の「愛」が何物であるかよくわかっていない。