くるみ割り人形に捧げるキャスリング




「クリスマスも近いことだし、チェスでもやろうじゃないか」
 広い屋敷内でもちらりちらりと常よりもわずかに浮き足立った様子の使用人の姿が目につくようになった季節の夜半過ぎ。唐突にディーデリヒの部屋を訪れたヴィンセントは、相手の返事を待つことなく抱えていた包みを机に置き、べりべりと包装を剥ぎ取り始めた。
「シエルの誕生日プレゼントに贈ったものと同じものなんだけどね、まさか本人と遊ぶわけにもいかないし。付き合ってくれるよね?」
 その言葉で思い出す。そうだ、今日は幼いファントムハイヴ現当主の誕生日だった。否やの返事など想像だにしていない様子で箱から取り出したチェスセットをセッティングしていく様子を見て、ディーデリヒは盛大に舌打ちしながらも、読んでいた本に栞を挟んで脇にどけた。この笑顔に抵抗しようとしても無駄であることは浅からぬ経験でいやというほど知っている。
「死人がサンタクロースを気取るな」
「やだなあ、ちゃんと贈り主の名前はクラウスってことにしておいたよ。匿名だとあの子の手元まで届かないかもしれないし」
「そこまでして贈るか……」
 溜息をついたディーデリヒの視線が、今まさにチェス盤の上に並べられている駒の上で止まる。黒と白とにきれいに塗り分けられてこそいるものの、それらはすべて、半分に割ったクルミの実。ポーンもルークもキングでさえもすべて。駒同士の区別も何もあったものではない。
「この前バレエの舞台を見に行った時に思いついたんだ。面白いでしょ?」
「実用には適さんな」
「そんなこともないよ。駒の初期配置は同じなんだから、どれがどれだか覚えてればいいだけ」
「……ゲーム中ずっと、棋譜もつけずにか?」
「その方が頭使ってるって感じしない?」
 大丈夫、もし駒が分からなくなってもタナカに聞けば答えてくれる筈だから、と笑う顔のどこにも悪意の色が見つからないのがまた憎らしい。そして主人の無茶苦茶な注文に対して平然と頷いてみせる老執事も同罪だ。思い切りゲームを長引かせてやろうか。プロモーション(ポーンの昇格)も可能な限り乱打してやる。幸い記憶力には自信があるから、うまくすればこいつらの鼻を明かしてやれるかもしれない。
「……俺が勝ったら何でも一つ言う事を聞け。いいな」
「もちろん。どっちが勝っても恨みっこなしだよ」
 ヴィンセントは笑って白いクルミの駒を一つ動かす。長い夜の始まりだった。
 ――ちょうど同じころ、小さなファントムハイヴ当主が黒ずくめの悪魔に同じゲームを仕掛けていたのはまた別の話。



 英国で今年人気のクリスマスプレゼントはチェスセットだと聞いて。