音素さえ息をひそめるような真白の城の最深部。冷たい石造りの白い床に座したまま、ヴァンは次の報告を待っていた。ここまでの首尾は悪くない。彼の手には、つい先程届けられたアッシュのレプリカ情報があった。かすかな憐憫の情と共にヴァンはそれに目を落とす。
――ホドの係累に連なる者ではなくとも、7年という時間を共に過ごした真の焔には、新世界の光を見せてやりたかったのだが。
かつ、かつ、と規則正しい音が白い静寂を割って耳に届いた。少しずつ大きくなる足音はヴァンの知る常のものと変わりなく。
彼が視線を戻した先には、こころもち常より硬い表情の副官が戻っていた。
朝方にはきれいにセットされていた髪がかなり乱れている。表情には出さないが、負傷も軽くはないようだ。おそらくはこれまでにない激戦だったのだろう。表情こそ常と同じように見せているものの、副官の姿はいつもとはやはり違って見えた。
よく使い込まれたグローブをいつも通りに嵌めた手からヴァンに手渡されたレプリカ情報は、5人分。
「ティアはどうした。……生きているのか?」
「いえ、ティアも仲間達同様、最後まで投降の意を示そうとはしませんでした」
「ならばレプリカ情報はどうした」
ずっと硬い表情を保っていたリグレットが言いにくそうに眉をひそめた。
「……ティアの最期の願いです。自分のレプリカは作ってくれるな、と」
それは、造反だった。自分に忠誠を誓って以来ただの一度も違う顔を見せることのなかったリグレットは、いま確かに自分の命に背いたのだ。
「今ならまだ間に合う。リグレット、そこをどけ」
「それはできません。たとえ閣下のご命令であっても」
目の前に立っているのは誰だ。自分の知る副官ではない。自分を殺そうと血走った目をした女でもない。神託の盾騎士の甲冑よりも硬い表情で自分の前に立ち塞がるこの女は、一体。
「信条は違えど最後まで全力で戦い、散ったティアの誇りを傷つけたくはありません」
やはり退くつもりはないようだ。いや、一歩でも引くようなら最初から自分の命に背きなどするまい。
「………………」
「………………」
「譜歌を――閣下の譜歌を聴きたいと、申し上げたことがあります」
「……ああ、そのうち聞かせてやろうと思っているうちに、忘れてしまったのだったな」
「この戦が終わり、ローレライを葬ったら、その時いずれ聞かせてやろう」
「……はい」
――まさかこんな形で彼女の望んだ譜歌を聞かせてやることになろうとは。
運命の悪戯に苦笑しながら、ヴァンはゆっくりと武器を構える。真っ白なエルドラントの最深部に立つのは2人きり。
そして、譜歌の旋律が響いた。
End