昇天




 昇る朝日の光を受けてかがやく一対の真白い翼。清らかにきらめく金髪を風になびかせながら、一人の天使が建設途中の端へと降り立った。その橋の中心、両岸から伸びる鉄骨の中央にぴたりと嵌り込んで両者をつなぐ形で、白い彫像と化した天使の死骸が一つ。その手は、縋るものを探すかのように高く天へと伸ばされたまま硬直していた。舞い降りた天使は、彫像と化したかつて天使であった者の傍に屈み込む。
「天使アッシュ・ランダース。いえ、我が友アンジェラ。なぜこのようなことをしでかしたのです」
 足元を見下ろせば朝日が照らし出すのは大火により大半が焼け落ち、瓦礫の山となったロンドンの街の残骸。人も、建物を、すべてを焼き尽くした炎はもうほとんど鎮火したようだが、目を凝らしてみればまだ少しばかり煙を上げて燻っている箇所も見受けられる。
「人間に与し、悪魔と通じようとまでした挙句の最後がこれとは……だが聖なるかな、我らの父なる神は、今回のあなたの所業についてお怒りを表してはおられません」
 天使の言葉に嘘はない。しかし、正確なところをいえば、神は今回の一件について何らの反応をも示さなかった。それでももし仮にアッシュが生き残っていたとすればそれなりの罪科に問われたかもしれないが、当の本人は既に死し、実質的な被害はといえば人間の住み暮らす街の一つが猛火に見舞われ焼け落ちたにすぎない。此度の一件は、天界からはただ捨て置かれることになるだろう。
「確かに心弱き人の子が神の国へ至る道は狭く厳しい。しかし、天使であるあなたが天へと戻る道は他にもあったでしょうに……」
 彫像からのいらえはない。彼(女)の真意がどこにあったのか、それを知る術はとうに失われている。
「あなたの身柄についても捨て置けとの見方があちらでは多数派ですが……かつては友とも呼んだあなたを人間が建設する橋の礎としてしまうのはあまりにしのびない」
 天使はかつての友の体に手を伸ばす。すると、彫像と化したアッシュの体は天使の手が触れたところからポロポロと砂のように崩れ始めた。それを目にした天使はやや慌てた様子でアッシュの体を抱き上げるが、さらさらと崩れたその一部ははるか下の川面へと落下してゆくばかり。
「せめてあなたをもう一度天へ……それが、あなたの望みだった、でしょうから」
 崩れ落ちるアッシュの体を何とか抱えて、天使は真白い翼を広げ空へと舞い上がる。その間にも崩れこぼれる彫像のかけらは、季節外れの雪のように、建設中の橋の無骨な鉄骨へと降り注ぐのだった。



もがき敗れた天使へのささやかな救済。